[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

救援
権力の弾圧と闘う 救援連絡センター

救援連絡センター (03-3591-1301)  の指定する弁護士を選任する / 代表弁護士は保持清(やすもちきよし)である
 
トップページ
救援連絡センターとは
救援ノートを読もう!
弾圧に抗して
弾圧の動向
運動情報
掲示板
リンク集

ご意見・情報などお寄せください
 

インフォメーション


最新弾圧ニュース ::: センター関連情報 ::: 逮捕された時どうするか

最新弾圧ニュース

>>過去ログ

立川反戦ビラ・「表現の自由」を奪い取り
 戦争への地ならしに力注ぐ
  最高裁の不当判決弾劾する

 4月11日、最高裁判所第二小法廷(今井功裁判長)は判決で、官舎に自衛隊イラク派兵反対のチラシを配った立川自衛隊監視テント村の3人に対し、控訴を棄却して住居侵入罪で有罪とした。
 私も最高裁判所の法廷の中に入り裁判を傍聴した。驚いたことに、被告は人が座れる指定席の傍聴席の一画に座らされ、柵の向こうには検察官が1人と、こちら側の弁護士が座っていた。主役は被告人ではなく裁判官であり、私たちは最高裁劇場の聴衆である。
 裁判長は表現の自由について一応言及しながらも、「たとえ思想を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである」と、高裁と同じく一般論を述べるだけで、二分でいなくなり、あまりにもお粗末過ぎる内容に、罵声のひとつも浴びせる気力もわかなかった。これが二年間にわたって「観客」を待たせた末の本番だとすれば、とんだ「茶番劇」だった。
 この問題は自衛隊イラク派兵反対に対する政治弾圧であり、それに対する救援という形で運動は広がった。今まで普通にやっていたチラシ入れがなぜ突然犯罪となるのかという疑問の声は、必ずしも政治主張に関係なく発せられるものだった。
 公安警察主導で作られた「事件」に対し、マスコミは当初沈黙で答え、私たちはまさにチラシを「配る」という実際の行為で、この問題の不当性を訴え広げていった。問題は、そもそもポスティングなどというささやかな行為を「犯罪」にする公安警察の側の不当性である。
 最高裁は、「たとえ表現の自由の行使のためとはいっても、このような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは、管理権者の管理権を侵害するのみならず、そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない」と述べた。
 最高裁は3人が立ち入った場所について、「自衛隊・防衛庁当局がそのような場所として管理していたもので、一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない」と述べている。ウソである。
 私も朝方官舎に行ってみたが、通学時間には子どもたちが敷地内を通り道にしているし、お友達を迎えにランドセルを背負った子どもが階段を上がっていくこともあった。
 私的生活とは、必要な情報だけが与えられて行われる獄中生活のようなものではなく、不快な情報も含めて、それをときどきに自分で判断しながら新しい関係を作ったり作らなかったりする、面倒くさい場所である。しかし、自衛官という肩書きを持つことによって、即座に市民としての権利を奪われ、その挙句に戦場で死ぬことが強要される。それが国家の名のもとに正当化されるのかという当然出てくる疑問を、テント村はチラシにしたため、当事者たちに届けた。
 テント村のチラシは直截であるが、やり方はいろいろあっていい。受け取る側もいろいろである。それがメッセージが飛び交い、私的生活が折り重なった市民社会のはずであり、人はそれを民主主義社会と呼ぶ。
 昨年、立川・反戦ビラ弾圧救援会は官舎の住民向けにアンケートを郵送した。回答は2通あり、チラシは不快だが、ポスティングは犯罪とは思わないというものだった。
 しかし、最高裁の判決は、こういった事実をやはり無視して、被害の程度が軽微でなかったことを述べるのにも、被害届が出されたことに触れるだけだった。この被害届にしても、公安警察が作ったものに、サインをしただけで作られたことが公判の過程で明らかになっている。アンケートの回答は、自分たちの意思が勝手に決められることに対する官舎の住民の明確な意思と読み取るのが自然である。その意味でも、今回の判決は、民主主義社会のみならず、官舎の住民の私的
生活をも息苦しくしていかねない不当判決である。
 判決当日夜の報告集会では、この判決が及ぼす影響への危惧の念がたくさん出された。しかし同時に、「ここで萎縮すればするほど判決を認めていくことになる。この判決をどうやって覆していくかが重要。そういう意味で、今回の件で表現の自由の重要性を確認したのは大きかった」という発言もあった。
 みんなチラシひとつで、「表現の自由」なんて持ち出すようになるとは思いもよらなかったのだ。それだけに救援も大きく広がった。救援会も「不当判決を認めない運動」を始めた。また148名の連名でこの判決を批判する法学者声明も出された。
 当該の1人は「すごろくで言えば振り出しに戻ったわけで、しょせん最高裁なわけですから。今日ここに来てくれた人のほうが最高っすよ」と感想を述べていた。
 その意味で、多くの人々の支援に支えられ、ともに反弾圧の運動を行ってきた4年間は実り多きものだった。何より、いち早く救援に駆けつけてくれた、救援連絡センターにあらためて深い謝意を表すものである。

(宗像 充/立川・反戦ビラ弾圧救援会)