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民主連立政権と対決し、反弾圧戦線の強化を!
長きにわたり戦後日本の政治を支配してきた自民党体制が、ついに崩壊した。8月30日の総選挙の結果は、自公与党の歴史的大敗、民主党の圧勝、共産党・社民党の現状維持というものであった。民衆に犠牲と矛盾を転嫁し、延命してきた自民党に民衆の不満と怒りが集中し、政権の座から転落させたのであり、そうした意味では歴史的な選挙であった。
そもそも、自民党支配は長期低落傾向にあり、森喜朗政権の時点で終焉が噂された。しかし、01年に登場した小泉純一郎の希代のペテン師的資質と、アメリカ・ブッシュ政権が強力に推進した「新自由主義・構造改革」路線、対テロ戦争へ小泉政権が積極的に荷担したことがからみあい、支持率回復に成功する。具体的には「自民党をぶっ壊す」と叫びつつ、05年の郵政選挙を劇場=デマゴーグ選挙として戦うことによって、衆議院の3分の2を手中に収めるという奇跡的な成果を上げた。だが、新自由主義・構造改革政策は自民党の伝統的支持基盤である地方の農業、地場産業、漁業、特定郵便局長、都市の中小零細企業に壊滅的打撃を与えた。加えて、一時マスコミがもて囃した「小泉チルドレン」の政治的無内容は、自民党という政党そのものの空洞化を後押しした。
小泉が政権を手放したあと、安部晋三が後を次ぐが自分の任期中の「憲法改正」に踏み出し、07年参院選で大敗。その結果、内外で孤立したあげく、「政権投げ出し」という体たらくを露呈。その後の福田康夫も短命に終わり、選挙の「顔」ということで麻生太郎の登場となる。ところが、麻生こそ自民党にとってとんでもない「曲者」であり、麻生は権力欲にかられ、任期を1日でも延ばすため解散の時期を繰り延べした。麻生はさまざまに失政にもかかわらず、独特の判断から逆転は可能と考えていた。しかし、こうした解散時期の先送りは、民衆の不満と怒りを限りなく鬱積させてきただけであった。こうして、自公体制は負けるべくして負けたのである。
民主党はどこへ向かうのか
さて、民主党である。この政党が第2保守党であることは、その構成からして明らかである。自民党・田中派を出自とする小沢一郎、藤井裕久らのグループ、さきがけを出自とする鳩山由紀夫、簗瀬進らのグループ、松下政経塾を出自とする前原誠二、原口一博らのグループ、市民運動経験者、旧社会党などを出自とする管直人、長妻昭らのグループ、大きくはこの四グループを軸としつつ、ここに連合を出自とする平野博文官房長官(電気連合・パナソニック)、直嶋正行経済産業大臣(自動車総連・トヨタ)、川端達夫文部科学大臣(UIゼンセン同盟・東レ)などがからみ合いつつ機能している政党である。
第172回特別国会で内閣総理大臣に就任した鳩山由起夫は、改憲を信条とするまごうことなき改憲派であり、新憲法制定議員同盟の顧問を勤めている。こうした鳩山の下、民主党は「国家戦略室」を設置し、外交・安保・行政改革・地方主権・経済財政などの課題に取り組むとしている。これは新自由主義・構造改革の下「強力な国家」の構築そのものであり、自民党と何ら変わらない。また、日米関係について「対等なパートナーシップ」を強調し「米軍再編や在日米軍基地のあり方」の「見直し」や、「東アジア共同体構想」を主張する。だが、対等な日米関係や東アジア共同体とは日本の独自の軍事力の強化であり、
自衛隊の海外派兵につながるものである。
国内においては、鳩山首相の公務第1号が高木剛・連合会長との会談であることから明白であるが、連合の翼賛化をより一層進めている。官房長官となった平野や再び民主党の参院議員会長にとどまった輿石東(日教組出身)は鳩山や小沢の側近であり、民主党は連合との関係を深々と取り入れた政党なのである。したがって、「生活が一番」などと小泉「構造改革」に反対するようなポーズをとってきたが、経済政策・労働政策は自民党と変化はない。むしろ、連合と一体になって職場闘争・争議の圧殺を強行していくであろう。
他方、民主党は自立支援法の凍結、高校授業料の無料化などを打ち出し、参院では野党共同提案として「派遣法抜本改正案」を作成している。さらに永住外国籍住民の地方参政権獲得に理解を示す議員も増えている。今後、惨敗した自民党が右翼排外主義を掲げ、「在特会」などの民間極右と連携しつつゆさぶりをかけること、あるいは公明党が関係修復に走ることはありうる。そして、こうした動きと表裏一体で、民主党内部の極右勢力も蠢くであろう。
反弾圧戦線を強化し共同反撃を
このように、民主党はいろいろな意味で危ういが、治安弾圧政策においてはその本質は露わである。民主党のマニュフェストには、1999年以降の戦争・治安管理エスカレートを逆転させる内容はない。いや、逆にマニュフェストに掲げた「危機管理庁構想」は緊急事態法・国家機密法制定と一体のものであり、さらに警戒を強める必要がある。実際、警察捜査可視化法案ですら中井国家公安委員長は「一方的な可視化では済まない」と述べ、盗聴・おとり捜査・司法取引とセットにする策動を公言している。すなわち、自公政権が崩壊し、民主連立政権が成立しようと、支配の危機への民衆の対決は深まり、支配階級は民衆の反撃を弾圧する道を選択する、ということである。
現実には、戦争・治安法制定の動きはさらに加速しており、暴処法弾圧、組対法弾圧、共謀罪先取り弾圧、暴対法改悪策動、おとり捜査などがかけられている。さらに労働争議に約1・5億円の損害賠償をかけるという、とんでもない攻撃も飛び出している。
また、医療観察法の攻撃は強まり、民衆を強制動員する裁判員制度も強行されている。この間、死刑は継続的に執行され、外国人に対する在留カード導入等による管理と排除システムの強化をねらう人管法の改悪も進んでいる。さらに、東京都の「安全・安心まちづくり条例」による表現活動の規制は着々と進められ、野宿労働者排除、集会規制を図る渋谷区の宮下公園ナイキ化計画、等々として攻撃は強化されている。
21世紀に入り、治安管理国家化は激しく進み、民衆を分断・孤立化させ、生きる自由・闘う自由は大きく制限されてきた。個別な反撃だけでなく、全面的な共同反撃の陣形を整えていく必要がある。こうした中、共謀罪制定阻止闘争は10年近い闘いの結果、勝利した。近来まれな治安法攻防であり、治安立法を阻止したのは1958年の警察官職務執行法、1961年の政治的暴力防止法、1985年の国家機密法くらいのものであり、きわめて重要な勝利である。この勝利を突破口に戦争・治安国家化の攻撃をトータルに捉え返し、反弾圧戦線の強化を勝ち取ろう。

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